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チャイコフスキー『悲愴』

今日はお雛様の日なんだけれど、まあ、女子でもないし、そんな年の娘も居ないので、コンサートに行って来ました。

今年は1月3日・28日、3月3日と、月イチペースでコンサートに行けているのが幸せです。

その3回の内、チャイコフスキーの第6交響曲『悲愴』が2回ありました。どちらも印象的だったので、ちょっと書いておきます。
1月28日N響、3月3日都響と、今年は『悲愴』をもう2回もチャイコ聞いちゃいました。
けれども、全然違う音楽だったっていうのが印象深くて、それが何故なのかをずっと考えてるんです。

N響の指揮者は、僕が中学校の頃から好きだったスラットキンさんでした。アメリカ人の指揮者で、楽曲の全体構造を考えながら、音楽をドライブしていく感覚に優れていると、僕は思っています。
今日の都響の指揮者は、小泉和裕さんでした。写真の印象から、勝手に年上だと思ってたんだけど、僕より2歳年下なんだよね。まあ、それもビックリなんだけど、僕がなによりもビックリするのは、「ああ、そこ!」っていう位に、ツボを押さえてくるところ。世代なのか、感覚が似ているのか、「気持ちいい!」って思うアクセントやフレージングが随所にあったんです。

で、小泉さん&都響の演奏が良かったってのは、そうなんだけど。

でも、N響の1月の定期は、何かが違ってたんですね。それ、何なんだろう。

「かりん」の編集後記でもちょっと書いたんだけど、本当に、気がフレたかと思うような「ブラボー」がおき、僕はそれを叫んでる彼に、とても共感した。指揮してた当のスラットキンさんも、「あいつ大丈夫か?」みたいな視線を向けたりしてたんだけども。

確かに。でも、そんなに叫びたくなるくらいに、良い演奏だったんだよねぇ。

書きながら、なんとなく頭の中が整理出来てきました。

「時間の流れ」が違うんだ。

スラットキン&N響の演奏では、時間が途切れず、滔々と流れる時間の上に音楽があった。小泉&都響の演奏では、感情の時間が音楽の時間で、途切れたり急進したり淀んだりしていた。

チャイコフスキーは、6番を書いてすぐに死んだ。チャイコフスキーの指示であれば、第4楽章は、四分音符=54だから、現在主流になってる演奏スピードからすれば、倍くらい速い。まあ、冒頭だけを重々しく弾いて、それ以降はチャイコフスキーの指示通り、っていう演奏も可能なんだろうし、そういう演奏も聞いたことがある。

他殺説・自殺説・コレラ説、伝説的伝記はいろいろあるけれど。チャイコフスキーは、この曲を書きながら、何かをふっ切ったとしか思えない。
第一楽章の途中からアレグロの急迫スピードに変わって以降、チャイコフスキーは宇宙を「叫び」で満たそうとしたんだろう。スサノオが泣いて世界を荒らしたような心情が、このアレグロには含まれているんだと、思うんだけど。

おっと、こんなとこまで書いちゃうと、まるで音大生の議論みたいになっちゃうね(笑。

はい。グズグズ議論しちゃいたくなるほど、N響も都響も良い演奏だったんです。


3月3日の演奏会では、加藤大樹君(まだ大学生!)のメフィストワルツと、都響&加藤君のパガニーニラプソディもあって、それも面白かったんですよ。

僕は「攻撃的な」パガニーニラプソディを、初めて聴きました(笑。
なんだかね。夢見がちなピアノソロの眼を醒させて、せっついてるオケが暖かい感じで。

もちろん、加藤大樹君も頑張ってたんだけど。まあ、格の違いがね(笑。

加藤君は、シューベルトとかシューマンとかが向いてるのかな。楽曲のアナリュシスは得意そうな演奏でした。
あ。プロコフィエフとかをレパートリーにすると、もっと違った演奏になるかなぁ。

まあ、そんな感じで。
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